相続手続では、時折「ハンコ代」という言葉が出てくることがあります。この記事ではハンコ代とはどういうものか、どのようなときに必要で、どう扱えばよいかについて説明します。
ハンコ代とは
ハンコ代というのは、他の相続人に遺産分割協議への参加や相続放棄を依頼する際に渡す金銭のことです。ただしこのような金銭の支払いは法律上の相続手続とは違いますし、ハンコ代という言葉自体、いわゆる俗称です。
そもそも相続人であれば遺産分割協議に参加するのは当然のことで、お金を受け取って協力するものではありません。しかし実際には、共同相続人が疎遠な相手だったり、相続手続に協力的でない場合に多少の「ハンコ代」を渡して、手続きへの協力をお願いすることがあるのです。
厳密には渡す必要のないお金でも、それによって相続手続がスムーズに進むなら支払う価値があるといえるでしょう。
ハンコ代の相場
ハンコ代は正式な相続制度の一部ではないため決まった金額はありませんが、一般には「10〜30万円程度」というケースが多いようです。
ただこの金額は相続財産の総額によって異なることもありますし、相手の相続人と被相続人の関係や貢献度、相続人同士の関係性によっても異なります。中には法定相続分の半分近くを渡すケースもあれば、「お車代」程度のこともあるでしょう。
ただしハンコ代が110万円を超える場合、贈与税の対象となる点には注意してください。
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ハンコ代が必要なケース
「ハンコ代」という名前が示す通り、ハンコ代は「ハンコを必要とする手続き」に関連して支払われることがほとんどです。たとえば以下のようなケースが考えられます。
銀行の手続き
被相続人の預金口座は、相続発生(被相続人の死亡)によっていったん凍結されます。凍結された口座からは一切の入出金ができず、払い戻し(もしくは口座の名義変更)をするには銀行ごとに決められた書類の作成・収集が必要です。書類作成では「相続人全員の押印」が必要なことも多いため、場合によってはハンコ代を渡して手続きに協力してもらいます。
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遺産分割協議
ハンコ代を渡すケースの典型例が遺産分割協議です。遺言書が存在しない場合は遺産分割協議でそれぞれの相続分を決めますが、それには相続人全員の参加と同意、そして遺産分割協議書への署名捺印が必要になります。進んで協力(参加)してくれる相手なら問題ありませんが、疎遠な相手が共同相続人ならハンコ代を渡して、遺産分割協議への参加をお願いすることもあるでしょう。
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相続放棄
相続放棄とは相続人としてのすべての権利を放棄する手続きです。いったん相続放棄を行うと、その人は相続開始の時点にさかのぼって「相続人ではなかった」ことになります。このような手続きを他の相続人にお願いする場合、「相続放棄の代償」や「手続きのお礼」としてハンコ代を渡すことがあります。
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ハンコ代の渡し方
ハンコ代の渡し方に決まりはありません。ただし疎遠な相手にハンコ代を渡す場合は、相手にとって失礼な態度にならないよう特に気を配る必要があるでしょう。うっかりすると、かえって相続人同士の関係を悪化させて相続手続全体に悪影響を与えてしまう可能性もあります。
他の相続人への連絡方法
重要なのは、ハンコ代を渡したい相手へのファーストコンタクト、つまり最初の連絡です。たとえば面識のない共同相続人に連絡をするのであれば、まずは書面で以下のような内容を伝えます。
- 簡単な自己紹介
- 相続が発生したこと(亡くなった被相続人の名前や相手との関係)
- 相続財産の内訳(動産、不動産などに加え、借金などのマイナス財産も含む)
- 相手の法定相続分(法律で決められた相続の割合)
- 遺産分割協議の予定(相手の都合も合わせて伺う)
- 遺産分割の提案(必要に応じて)
- 返答の期限
最初からハンコ代のことを伝えるかどうかはケースバイケースですが、いきなり「ハンコ代を払うので協議に参加してほしい(ハンコを押してほしい)」というのは相手に対して失礼です。相手の様子を伺いながら、できれば遺産分割協議の話し合いの中で持ち出すのが無難でしょう。
ハンコ代は誰が出す?
共同相続人が複数の場合、ハンコ代は依頼側の相続人が共同で負担するのが一般的です。ちなみに相続放棄を依頼する場合、相続財産の中からハンコ代を出すことはできません(相続放棄をした人は一切の相続財産を受け取れないためです)。このようなケースでは依頼側の相続人の私財(ポケットマネー)からハンコ代を支払います。
遺産分割協議を依頼する際のハンコ代も、金額が少ないなら相続人の私財から出した方が手続きが簡単です。ただし金額が大きい場合、相続財産の中から「代償金」(不動産などの現物に代わり、金銭で相続分を支払うこと)を支払う「代償分割」としたほうが税制上は有利です。
ハンコ代の注意点
ハンコ代を渡す場合は、以下の点に注意しておきましょう。
金額次第で贈与税の対象に
私財から贈与税を支払う場合、金額によっては贈与税の対象になります。具体的には「1月1日から12月31日までの1年間」に110万円を超えた場合です。仮にハンコ代が20万円だったとしても、相手が他の誰かから100万円の贈与を受けていた場合は「合計120万円」となり、控除額との差額(10万円)に贈与税が課税されます。
もし金額が大きくなりそうなら、上で説明した通り「代償分割」を利用した方がよいでしょう。この場合は贈与ではなく「遺産分割協議による相続」ということになるため、贈与税の対象にはなりません(金額によっては相続税の対象となりますが、贈与税より負担は軽くなります)。
後からトラブルになる可能性
ハンコ代は正式な相続手続ではないため、後からトラブルの種になることもあります。たとえば安易に銀行の書類や遺産分割協議書に署名捺印した結果、ハンコ代を受け取った人にとって不利な相続が行われるかもしれません。逆にハンコ代を受け取っておきながら、約束を反故にされる可能性もあります。
ハンコ代を渡す場合はこうしたリスクを避けるため、双方が内容をよく確認して、場合によっては証拠となる文書を作成しておくとよいでしょう。
まとめ
ハンコ代は使い方によっては相続手続をスムーズにしてくれます。ただし法律に基づいた相続手続ではありませんから、安易に支払うのも考えものです。当事者全員が納得できる相続手続にするため、上手にハンコ代を利用してください。