遺産相続にはさまざまなパターンがあります。この記事では「一人っ子」が遺産相続をする場合の注意点や手続きの流れ、相続税対策などについて説明していきます。
一人っ子の遺産相続
少子高齢化が進む日本では兄弟姉妹のいない人、つまり「一人っ子」が大勢います。こうした一人っ子の遺産相続は、兄弟姉妹がいる人の遺産相続と比べてどのような特徴があるのでしょうか?
プラスの特徴
一人っ子が遺産相続する場合のメリットとも言えるのが、「手続きがシンプル」と「トラブルのリスクが少ない」というものです。
一つ目の手続きがシンプルとは、特に遺産相続手続に必要な書類の収集や遺産の分配にかかる手間が少ないことを意味しています。たとえば相続人の戸籍などを集める手間がほとんどかかりませんし、遺産分割協議のために他の相続人と話し合う手間も少なくなります。仮に相続人が一人っ子だけ(1名のみ)であれば、遺産分割協議書の作成も不要です。
二つ目のトラブルのリスクが少ないというのも、遺産分割協議と関連しています。相続人が一人っ子だけであれば遺産分配で他の相続人と揉めることはありませんし、一人っ子と被相続人の配偶者の2名が相続人の場合でも(親子関係が良好であれば)トラブルになる可能性は非常に少ないでしょう。
マイナスの特徴
もちろん一人っ子の遺産相続はメリットばかりではありません。たとえば「遺産相続手続を一人で行う必要がある」ことや、「相続税の基礎控除額が低くなる」といったデメリットも考える必要があります。
特に後者の場合、相続人が一人っ子だけなら基礎控除額は3,600万円(3,000万円+600万円×相続人1名)で、一人っ子と被相続者の配偶者の2名なら4,200万円(3,000万円+600万円×相続人2名)です。基礎控除額が少ないと相続税が発生する可能性が高くなり、相続税申告の手間や相続税を支払うための現金を調達する負担が増えます。特に相続遺産が不動産の場合、現金を用意するために不動産の売却が必要になることもあるため要注意です。
一人っ子の遺産相続で留意すること
一人っ子が遺産相続手続を行う際は、後々のトラブルを避けるためにいくつか留意すべきポイントがあります。
本当に一人っ子か?
最初に留意するのは「本当に一人っ子か確認する」ことです。
一人っ子だと思っていても、実際には「片親が異なる兄弟姉妹が存在する」というケースは皆無ではありません。たとえば父親が婚外子を認知していたケース、母親が現在の配偶者と結婚する前に子供を授かっていたケースなどです。
たとえ存在を知らなかったとしても、兄弟姉妹がいればその人たちは法定相続人になります。確認が不十分なまま遺産相続手続を進めてしまうと、後から法定相続人の存在が判明してトラブルになる可能性もあるため注意しなければなりません。
一人っ子かどうか(他に兄弟姉妹が存在していないか)を確認する方法は、被相続人の戸籍を出生時から死亡時までていねいに辿ることです。すべての戸籍を取り寄せて調べたうえで、そこに記載された実子・養子が自分一人であれば「一人っ子」と確認できます。
一次相続と二次相続
次に留意すべきなのは「一次相続」か「二次相続」かと言う点です。
一次相続とは相続の発生時に被相続人の配偶者(両親のどちらか)が健在な場合で、ここでは配偶者と一人っ子の2名が相続人になります。これに対し二次相続は一次相続の完了後にもう一人の親が亡くなる場合のことで、相続人は一人っ子だけです。
一次相続では相続人が配偶者と子の2名なので、法定相続分はそれぞれ2分の1ずつになります。たとえば4,000万円の遺産があれば、配偶者が2,000万円、子が2,000万円という割合です(遺言書による指定や親子の話し合いで割合を変えることは可能)。
これに対し二次相続では一次相続で配偶者が受け取った相続分を含め、両親の遺産をすべて子が一人で相続します。このとき遺産の総額が3,600万円を超える場合は相続税が発生し、相続税申告が必要です。
特に一次相続で相続税の配偶者控除(1億6,000万円と配偶者の法定相続分のどちらか高い金額まで相続税が課税されない制度)を利用していた場合、二次相続で子に高額な相続税が発生する可能性もあるため注意しなければなりません。
マイナスの財産と相続放棄
被相続人にマイナスの財産(借金など)がある場合、特に預金や不動産といったプラスの財産よりマイナスの財産の方が大きい場合は、相続人である一人っ子には大きな負担がかかります。
このような場合は相続放棄の手続きをすることで「すべての財産を相続しない」という選択もできますが、この手続きは相続の発生を知ったときから3か月以内に家庭裁判所で行わなければなりません。時間に余裕があまりないため、相続財産調査や相続放棄の決断はできるだけ早めに行うことが重要です。
一人っ子の遺産相続手続の流れ
一人っ子の遺産相続手続といっても、基本的には兄弟姉妹がいる場合と変わりません。ここでは遺産相続手続の流れについて、順を追っておおまかに説明していきます。
相続人調査
相続発生(被相続人の死亡)を知ったら、まず最初に行うのが「相続人の調査」です。すでに説明した通り、たとえ自分が「一人っ子」だと思っていても他に兄弟姉妹がいる可能性は否定できません。このため自分に兄弟姉妹ががいるか、その人たちが存命かどうかを調査します。
相続人の調査に必要なのは以下の公文書です。
・被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、除籍謄本
・被相続人の住民票(除票)
取り寄せた戸籍で被相続人の配偶者、子や孫(直系卑属)、親や祖父母(直系尊属)、兄弟、甥姪など法定相続人(候補)の範囲を確定し、次にそれらの人たちに関する戸籍謄本と住民票(本籍が記載されているもの)を取り寄せて「相続関係説明図」を作成します。
遺言書の調査・検認
相続人を確定できたら、次に遺言書の有無を調査します。遺言書にはいくつかの種類がありますが、一般的に利用されているのは「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類です。
それぞれの遺言書の保管先は次の通りです。遺言書の存在に心当たりがあるなら、まずはそれぞれの保管場所を確認します。
遺言の種類 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 |
保管場所 | 自宅、貸金庫、法務局など | 公証役場 | 自宅、貸金庫など |
遺言書が見つかっても勝手に開封してはいけません。場合によっては家庭裁判所で代理人立ち会いのもとで開封しなければならないものもあるため、遺言書は慎重に取り扱うようにしましょう。
関連記事:『口約束による遺産相続は可能?トラブルにならない遺産相続方法について解説』
財産調査
相続人の調査や遺言の確認と前後して、相続財産の調査も行います。具体的には預貯金などを含む動産の確認、そして所有する不動産の確認です。こちらもすでに説明した通り、マイナスの財産の有無についてもきちんと調べる必要があります。
相続財産の調査には、主に以下のような書類が必要です。
- 金融機関の残高証明
- 登記全部事項証明書
- 固定資産税評価証明書
- 名寄帳
被相続人が不動産を所有していなければ「登記全部時効証明書」や「固定資産税評価証明書」などは不要です。ただし相続人が知らないだけで実際には不動産を所有している可能性もあるため、念のため法務局で確認する必要があります。
遺産分割協議
相続人が確定し、遺産の内容も確認したら相続人ごとの相続分を決定します。もし遺言書の中に具体的な指定があればそちらが優先ですが、遺言書に指定がなかったり遺言書そのものが存在しない場合は「遺産分割協議」を行い、協議の内容を「遺産分割協議書」にまとめます。
ちなみに相続人が一人っ子だけなら遺産分割協議は必要ありませんが、相続人が2名以上(たとえば被相続人の配偶者と一人っ子の2人)なら遺産分割協議書の作成は必須です。
一人っ子の相続税対策
相続人が一人しかいない場合、相続税の基礎控除額は「最低」の3,600万円になります。他の相続人がいる場合よりも相続税が発生しやすく、税額そのものも高額です。このため相続人が一人っ子だけの場合は、事前にできる限りの相続税対策をしておくことが重要といえるでしょう。
生前贈与
相続税対策のひとつが「生前贈与」です。被相続人が生きているうちにある程度の財産を贈与しておけば、そのぶん相続遺産を減らすことができます。ただし「贈与税は相続税より税率が高い」ため、安易に生前贈与を乱発するのは本末転倒です。あくまで生前贈与と相続をトータルで考えて、税負担が少ない方法を選ばなくてはなりません。
実は生前贈与には「年間110万円」という非課税枠が設定されています。毎年110万円までは贈与税がかからないため、できるだけ早い段階からこの制度を活用することで遺産の総額をかなり減らすことができるでしょう(ただし「被相続人の死亡前3年以内」の贈与はみなし相続財産とされ、相続税の対象となります)。
教育資金の一括贈与の特例
「教育資金の一括贈与の特例」を活用すれば、生前贈与の非課税枠はさらに広がります。現在のところ令和5年3月31日までの特例ですが、以下の条件を満たせば1,500万円まで非課税となります。
- 贈与を受ける人が30歳未満であること
- 教育資金(学校などに直接支払われる金銭)であること
- 金融機関などとの契約に基づくこと
- 直系尊属(父・母、祖父・祖母など)からの贈与であること
- 1,500万円以内の贈与であること
- 贈与を受ける人の合計所得が、贈与を受けた日を含む年の前年に1,000万円を超えていないこと
- 取扱金融機関を通して教育資金非課税申告書を提出すること
年齢や用途などが厳密に制限されますが、条件さえ合えば有効な制度といえるでしょう。
その他の対策
その他の対策としては、
- 生命保険に加入して「死亡保険金の非課税枠」を活用する(法定相続人の数×500万円)
- 自宅の宅地を相続する場合などに「小規模宅地等の特例」で相続税を減額する(最大80%)
- 一次相続から二次相続までの間が10年以内の場合に「相次相続控除」を利用する
- 相続税の納税資金として不動産を現金化しておく
などが挙げられます。どのような対策(制度)を利用できるかは相続の状況によって変わるため、あらかじめ税理士などの専門家に相談すると安心です。
一人っ子が被相続人になる場合
最後に「一人っ子が被相続人になる場合」について簡単に説明します。
たとえ一人っ子でも、相続発生時に配偶者や子供、親などが存命であれば通常の相続となんら変わりません。これに対し、両親から相続を受けた一人っ子に配偶者も子供もいない場合、原則としてその人の財産は国のものとなります(国庫に帰属)。
ただし以下の場合は、一人っ子の財産を他の人に相続させることも可能です。
- 内縁の配偶者…婚姻届を提出するか、遺言書で指定する
- 特別縁故者(被相続者と生計が同一や被相続人の療養看護に努めていた人など)…相続発生後に家庭裁判所に申し立てを行い、認可を受ける
まとめ
一人っ子の遺産相続は原則として通常の遺産相続手続と変わりませんが、相続人が少なければ少ないほど相続税の控除額には注意が必要です。場合によっては被相続人が存命で元気なうちから対策をした方がよい場合もあるため、将来の遺産相続に少しでも疑問や不安があるなら、できるだけ早いうちに専門家に相談することをお勧めします。