遺産相続では、借金や未払金など「マイナスの財産」も相続の対象です。思わぬ負債を背負い込まないためには相続放棄の手続きが欠かせません。この記事では相続放棄という制度の内容や、相続放棄をする方法についてわかりやすく説明していきます。
相続放棄について
相続放棄とは、遺産相続の「3つのパターン」のひとつです。
相続の3つのパターン
相続は被相続人の死亡と同時に自動的に始まります。しかし相続人の側も、相続に対して一定の意思決定が可能です。この「一定の意思決定」には以下の3つの種類があります。
①単純承認
被相続人が所有していた財産・権利・義務を無条件で受け入れ、相続することです。このパターンを選ぶ場合は特に意思決定は必要ありません。他の2パターンを選ばない限り自動的に単純承認となります。
②限定承認
被相続人が所有していた財産などのうち、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産(借金や連帯保証の義務など)も相続することです。プラスの財産とマイナスの財産を相殺して、もしプラスの財産が残ればそれを引き継ぐことができますし、(マイナスの財産の方が多くて)プラスの財産が残らなくても、少なくとも負債や義務を引き継ぐことはありません。
③相続放棄
被相続人が所有していた財産の一切について、相続を放棄(拒否)することです。詳しくは次の項目で説明します。
相続放棄とは?
相続放棄はプラスの財産もマイナスの財産もすべて「相続しない」という意思表示です。相続放棄の手続きをした場合、相続人はそれ以降の相続手続から除外されます。
ただし相続人全員が相続放棄した場合や、そもそも相続人が自分ひとりしかいなかったような場合などは、原則として相続財産管理人が選任されるまで不動産の管理義務が発生します(相続財産に不動産が含まれる場合)。
限定承認との違い
マイナスの財産を最終的に引き継がない、という意味では相続放棄と限定承認はよく似ています。親の借金を相続したい人はほとんどいないでしょうから、そのような場合はどちらのパターンを選んでも大差ないように思えるかもしれません。むしろ、プラスの財産が残っていた場合にそれを引き継げる分、限定承認の方が有利にも思えます。
しかし話はそう単純ではありません。なぜなら相続放棄が相続人それぞれ「単独で」行えるのに対し、限定承認の手続きは相続人全員が共同して行う必要があるからです。
また相続放棄が「その後一切の相続手続から解放される」のに対し、限定承認では最後まで相続手続を行わなくてはなりません。当然ながら、それには負債の処理や利害関係人への連絡といった手続きも含まれます。
最初から「明らかにマイナスの財産の方が大きい」とわかっているなら、相続放棄の方がスムーズで手間がかかりません。
相続放棄の期限
相続放棄(および限定承認)の手続きには「期限」があります。民法の規定によると、その期限とは「相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」です。もしこの期間内に相続放棄の手続きをしなければ、自動的に単純承認を選んだことになってしまいます。
もちろん、被相続人の死亡から3か月で「相続人調査」や「財産調査」を完了するのは大変なことです。どうしても時間が足りない場合は家庭裁判所に「相続の承認又は放棄の期間の伸長」を申し立てることもできますが、期間を延長するかどうかはあくまで裁判所の判断となります。
ちなみに相続開始時に「相続財産が全くないと信じ」「そのように信じたことに相当な理由がある」と認められる場合は、大幅に期限を経過した後に相続放棄できるケースもあります(相当なレアケースです)。
関連記事:『遺産相続の時効とは?権利や手続きの時効について解説』
相続放棄すべきケース・すべきでないケース
相続放棄の判断は簡単ではありません。ここでは一般論として「相続放棄すべきケース」と「相続放棄すべきでないケース」を紹介します。
相続放棄すべきケース
相続放棄を選んだ方がよい典型例は「明らかにマイナスの財産が多い」ケースです。目ぼしい財産がほとんど残っていないのに膨大な借金がある、連帯保証人になっている、といった事情が明らかであれば、速やかに相続放棄の手続きをすべきでしょう(相続放棄後は債務者とのやりとりからも解放されます)。
考えられる他のケースは、相続人同士の争いに巻き込まれたくない場合です。親族同士が不仲だったり、相続財産をめぐってトラブルの発生が予想されるような場合は、早めに相続放棄をして相続から手を引いてしまうのも有効な対策といえます。ただし「相続放棄したこと」がきっかけで他の相続人とトラブルになることもあるため注意が必要です。
マイナスの財産がない、相続人同士の関係にも問題がないという場合でも、相続放棄が使われるケースがあります。たとえば「特定の相続人にすべて相続させたい」ような場合です。
相続放棄すべきでないケース
一方、相続財産の内訳が不透明で、プラスの財産とマイナスの財産のどちらが大きいかわからない場合は相続放棄ではなく限定承認を選んだ方が有利です。そうすることでマイナスの財産が大きくても小さくても、相続人が借金を引き継いでしまうようなことはありません。
もっともすでに説明した通り「限定承認は相続人全員が共同で行う必要がある」ため、ひとりでも反対する人がいれば行うことができません。また限定承認の手続き後も、相続手続きは最後まで行う必要があります。
相続放棄が認められないケース
注意しなければならないのが、相続放棄には「認められないケースもある」ということです。
大前提として、相続放棄の要件を満たしていれば相続放棄の手続き(「相続放棄の申述」)が家庭裁判所に却下されるケースはほとんどありません。しかし相続放棄の要件は以外にシビアで、本人も意識しないうちに要件から外れてしまうケースもあります。
その典型ともいえるのが「単純承認」です。この記事の冒頭で「他の2パターンを選ばない限り自動的に単純承認となります」と説明しましたが、実はそれ以外にも、相続人が以下のような行動をすると単純承認の意思表示と見なされてしまいます。
- 相続財産の全部または一部を処分する
- 相続財産の全部または一部を隠匿する
- 相続財産の全部または一部を消費する
これらの行動は意図的か無意識かを問いません。被相続人の遺品整理中、価値のある品物をうっかり捨ててしまってもこれに該当する可能性があります。また被相続人が契約していた水道光熱費などの未払金を処理するために本人の預金口座からお金を引き出し、余ったお金を自分の生活費に充ててしまった場合も同様です。
こうした事実がある場合、家庭裁判所は「法定単純承認事由がある」として相続放棄の申述を却下します。これに対しては不服申立て(即時抗告)も可能ですが、手間も(弁護士に相談・依頼するための)費用もかかります。
相続放棄の申述について
相続放棄の手続きは「相続放棄の申述」といいます。ここではその方法とおおまかな流れを説明します。
申述人
申述人(相続放棄をしたい人)は相続人本人です。ただし相続人が未成年者だったり成年被後見人の場合は、法定代理人や特別代理人が代わって手続きを行います。
関連記事:『特別代理人が必要なケースとは?選任の手続きについても解説』
申述先
申述先は家庭裁判所ですが、どこでもよいというわけではありません。「被相続人の最後の住所地」を管轄する家庭裁判所で申述を行います。
申述に必要な書類と費用
相続放棄の申述に必要なのは「相続放棄申述書」です(書式のダウンロードへのリンク)。加えて、相続人ごとに以下の添付書類も必要となります。
相続人の種類 | 必要な添付書類 |
共通 | 1. 被相続人の住民票除票又は戸籍附票 2. 申述人(放棄する方)の戸籍謄本 |
被相続人の配偶者 | 3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の子又はその代襲者(孫、ひ孫等) | 3. 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 4. 申述人が代襲相続人(孫、ひ孫等)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の父母・祖父母等(直系尊属) | 3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 5. 被相続人の直系尊属に死亡している人(相続人より下の代の直系尊属に限る(例:相続人が祖母の場合、父母))がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
被相続人の兄弟姉妹及びその代襲者(おいめい) | 3. 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 4. 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している人がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 5. 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 6. 申述人が代襲相続人(おい、めい)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本 |
相続放棄の申述に必要な費用は「収入印紙800円分」と「連絡用の郵便切手」です。郵便切手の額面(金額)は各裁判所によって変わるため、手続き時に確認してください。
受理通知書と受理証明書
相続放棄の申述が受理されると「相続放棄申述受理通知書」という書類が郵送されます。これを受け取った時点で相続放棄の手続きは完了します。
またこれとは別に、相続放棄が受理された公的な証明書として「相続放棄申述受理証明書」の発行も希望できます。有料(150円分の収入印紙)ですが、不動産の相続登記手続などで官公庁に相続放棄に関する書類を提出する場合に必要なものなので、一緒に取得しておくとよいでしょう。
まとめ
今回の記事では、相続放棄がどのような制度で、どのようなケースで利用するべきか(利用するべきでないか)について説明しました。特に被相続人が多額の借金をしていた場合や事業の連帯保証人をしていたような場合は、ぜひ相続放棄の利用を検討してみてください。