相続放棄をしようとしたら裁判所に認めてもらえなかった…。そのようなトラブルを耳にすることがあります。相続手続をできるだけスムーズに済ませるためにも、相続放棄が認められないケースや放棄できない財産について知っておくことは重要です。この記事ではそれらの注意すべきポイントについて解説していきます。
相続放棄は認められないことがある
相続放棄は常に認められるとは限りません。『相続放棄が認められないケースとは?具体的な事例と対策について解説』で説明した通り、一定の要件を満たした場合(もしくは満たしていない場合)は家庭裁判所に相続放棄の申述をしても却下されてしまいます。
また相続財産や権利の内容によってはそもそも相続放棄ができないこともあるため、知らずに相続放棄しようとしてトラブルになる可能性も少なくありません。
認められないケース
まずは「相続放棄が認められないケース」についておさらいしておきましょう。
①単純承認が成立している場合
②熟慮期間が過ぎた場合
③必要な書類が不足している場合
①の単純承認とは「プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐ」こと、つまり通常の相続のことです。これには大きわけて3つの成立パターンがあります。
- 遺産分割協議が成立する
- 相続放棄や限定承認の手続きをしない
- 相続財産に手を付ける
ここで最も注意すべきなのが、最後のパターンです。「相続財産に手を付ける」とは、相続財産の一部や全部を処分(消費・売却・譲渡・破棄)したり隠匿するような行動をいいます。
もし遺産分割協議が成立する前にこれらの行動をとった場合、その時点で単純承認が成立し、その後は相続放棄ができません。
②の熟慮期間とは、原則として「相続開始を知った時から3か月以内」のことです。この期間内に家庭裁判所に相続放棄の申述を行わないと、その後は単純承認したものとみなされます。
関連記事:『遺産相続の時効とは?権利や手続きの時効について解説』
③は家庭裁判所に提出する書類に不備がある場合です。相続放棄の手続きでは「相続放棄の申述書」に加えて「標準的な申立添付書類」と呼ばれる書類を提出しなければなりません。これには以下のようなものが含まれます。
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
- (申述人が配偶者や子の場合)被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本など
- (申述人が直系尊属や兄弟姉妹の場合)被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本など
このように相続放棄をする人によって添付書類が一部異なるため、気を付けていないと本来出すべき書類を出さなかったり、間違った書類を出してしまうこともありうるでしょう。
もっともこのケースでは、家庭裁判所から求められる補正や追加提出にきちんと応じれば問題ありません。
相続放棄できない財産や義務
次に本題の「相続放棄できない財産や義務」についてです。これには大きく分けて2種類あります。
①財産の一部分
②不動産の管理責任
③祭祀財産
①については『相続放棄すべきケースとは?相続放棄の申述方法についても解説』で解説している通りです。相続放棄はプラスの財産もマイナスの財産もまとめて放棄するもので、財産を部分的に残したり放棄したりするようなことは認められません。
たとえば「相続放棄はするけれど、今住んでいる(被相続人名義の)自宅だけは手元に残したい」という願いは叶えられないのです。同様に「現金や預金は手元に残して、土地だけ相続放棄する」こともできません。
②についてですが、本来、不動産の管理責任は不動産を相続した人にあります。では不動産の管理責任を相続放棄できないというのはどのような状況を指しているのでしょうか。
まずは民法第940条を見てみましょう。
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。 |
この条文の内容を分解するとこのようになります。
「相続の放棄をした者」が
「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」は
「相続人または相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡す」まで
「自己の財産におけるのと同一の注意をもって財産を保存」する
具体的には、相続人が自分一人だった場合や相続人全員が相続放棄した場合のように「相続人がいなくなってしまう」ケースでは、裁判所が相続財産管理人を選任するまでの間、その財産(主に不動産)の管理を行わなければなりません。仮に「家が倒壊する」など管理中の不動産が原因で事故が発生した場合は、管理者責任として損害賠償責任を負うこともあります(固定資産税を納める必要はありません)。
③の祭祀財産とは、具体的には以下のようなものを指します。
- 一族の系譜(けいふ):先祖代々の家系が記されている家系図など
- 祭具(さいぐ):仏壇・神棚・位牌・霊位・十字架など
- 墳墓(ふんぼ):墓石・墓碑などの墓標や土葬の場合の埋棺など
これらの祭祀財産は祭祀承継者が管理するとされ、本人が放棄するつもりでも客観的には管理義務が残ります。
関連記事:『遺産相続と祭祀継承の関係とは?遺産分割で墓守料を上乗せすることは可能?』
相続放棄できない財産への対処法
このように条件付きではありますが、相続放棄できない財産や義務というものが存在します。もし自分の相続でこのような状況が発生した場合は、以下のように対処するとよいでしょう。
生前贈与を受けておく
相続放棄をすると自宅を失ってしまうような場合は、あらかじめ被相続人の存命中に自宅を譲り受けておくのも一手です。生前贈与は相続とは違いますから、相続放棄をしても影響は受けません。ただし1年間に110万円を超える生前贈与には贈与税がかかる点には注意してください。
関連記事:『生前贈与で贈与税申告が必要なケースとは?申告の方法と必要書類についても解説』
相続財産管理人を選任する
相続人がいなくなってしまうため不動産の管理責任が残る場合、できる限り速やかに「相続財産管理人」を選任します。実際に選任するのは家庭裁判所ですが、基本的には相続放棄した人を含む利害関係者が申し立てることで選任が行われます。
相続財産管理人の選任手続については、裁判所Webサイトの『相続財産管理人の選任 』を参考にしてください。
祭祀財産を処分する
祭祀財産は相続放棄できませんが、これはあくまで「相続放棄という制度が適用されない」というだけの話です。たとえば仏壇などを承継した人がそれを処分(廃棄など)しても、法律上はなんの問題もありません。お墓も同様に、墓じまいすることで管理責任を手放せます。
ただし独断でこうした処分をすると親族とのトラブルになる可能性もあるため、祭祀財産の扱いについては事前に親族同士で話し合っておくことが重要です。
まとめ
相続放棄できない財産や義務については、生前対策や義務発生後の速やかな行動、親族への根回しなどで解決できることがほとんどです。なお相続放棄そのものの注意点については、『相続放棄をするメリット・デメリットとは?注意点や他の選択肢についても解説』も参考にしてください。