親族の中には「婿(娘の夫)」も含まれます。では相続が発生(被相続人が死亡)した場合、婿は相続人になれるのでしょうか?今回は相続手続における婿の扱いと、婿に財産を与える方法や注意点について説明します。
遺産相続の対象は配偶者と血族
結論から言うと、単なる「婿」は相続者になりません。法律上の相続人(法定相続人)の範囲は民法によって次のように決められているからです。
民法(条番号) | 相続人(被相続人との関係) | 相続順位 |
第890条 | 配偶者 | 常に相続人 |
第887条第1項・第2項 | 子(亡くなっている場合は孫などの直系卑属) | 第1位 |
第889条第1項第1号 | 直系尊属(父母、祖父母など) | 第2位 |
第889条第1項第2号・第2項 | 兄弟姉妹(亡くなっている場合はその子) | 第3位 |
上の表にある通り、相続人になれるのは被相続人の配偶者と、子、直系尊属、兄弟姉妹までです。単なる「婿」はこのどれにもあてはまらないため、相続人として遺産分割を受けることはできません。
婿に遺産を与える方法
とはいえ被相続人の中には、婿と「実の子以上」に親密だった人もいるでしょう。日常生活の世話や介護、事業の手伝いなどによって、被相続人に大きく貢献している婿も少なくありません。ではそうした婿に財産を残す方法はあるでしょうか?
関連記事:『長男の嫁による遺産相続は可能?他の相続人とトラブルにならない方法も解説』
遺贈する(遺言書)
一般的に使われる、もしくは活用しやすい手段は「遺言書」です。遺言書の中で婿を受遺者(遺産を受け取る人)に指定すれば、遺産を与えることができます。ただし他の相続人の相続分や遺留分を無視した極端な遺産配分、たとえば「全財産を与える」といった内容にしてしまうと、他の相続人との間でトラブルの種になります。婿と他の相続人との関係を円満にしたいのであれば、遺産配分のバランスにも気を配りましょう。
なお遺言書の形式には自筆証書遺言や公正証書遺言といったものがありますが、それぞれの遺言書に効力の違いはありません。ただし自筆証書遺言は自宅で保管することも多いため、家族や相続人のだれかに改ざんされてしまう可能性もあります。万全を期すのであれば、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用するか公正証書遺言を利用するとよいでしょう。
関連記事:『公正証書遺言は相続人に通知される?遺言者が死亡したらやるべきことについて解説』
関連記事:『行政書士の遺言書作成費用はいくら?費用の相場や他の専門家との違いについて』
婿養子にする(養子縁組)
婿と養子縁組するという手段もあります。養子の相続順位は実子と同じく第一位で、相続分も実子と変わりません。養子縁組の手続きという手間はかかりますが、確実に遺産を相続させるという意味では確実な方法といえるでしょう。
ただし他の相続人、特に実子の立場から見ると「共同相続人が増える=一人あたりの相続分が減る」ことになるため、相続人同士のトラブルに発展するリスクは残ります。
贈与する(生前贈与・死因贈与)
特定の財産を確実に与えたいのであれば、生前贈与も有効です。また死因贈与契約を結んで、死後に財産を贈与することもできます。ただし相続開始(被相続人の死亡)前の1年間に行われた生前贈与は遺留分侵害額請求の対象となるため、贈与のタイミングには注意してください。また年間110万円を超える贈与には贈与税がかかるため、同じく注意が必要です。
関連記事:『生前贈与で贈与税申告が必要なケースとは?申告の方法と必要書類についても解説』
生命保険の受取人にする
生命保険金は厳密には遺産ではありません。しかし婿を受取人にすることで、自分の死後に一定の金銭を与えることができます。他の相続人が遺留分を主張するリスクもないため、穏便に財産を残すことができるでしょう。
関連記事:『死亡保険金は遺産相続でどう扱われる?相続税がかかる場合の計算方法も解説』
特別寄与料を支払う
婿が被相続人の介護などで重要な役割を果たしていた場合、家庭裁判所から「特別寄与料の請求権」が認められることもあります。特別寄与が認められるのは「6親等以内の血族」か「3親等以内の姻族」のどちらかで、「1親等の姻族」である婿はこの要件を満たします。
なお家庭裁判所に特別寄与料の請求を申し立てることができるのは、相続の開始および相続人を知った日から6か月、もしくは相続開始の時から1年以内です。権利を行使する場合は早めに決断する必要があるでしょう。
関連記事:『親の面倒を見た人は遺産相続で優遇される?寄与分の要件について解説』
遺産を受けた婿にかかる税金
上記の方法で婿が遺産(あるいは保険金などの金銭)を受け取った場合、それらの財産には税金がかかります。
相続税
養子縁組によって婿養子になった場合、婿は「相続人」として財産を相続するため、相続税の対象となります。また婿養子にならなくても、死因贈与や被相続人が亡くなる前の3年以内に行われた生前贈与は相続税の対象です。
特に後者の場合(法定相続人以外の人に相続税が発生する場合)は、相続税の額にも注意が必要です。法定相続人以外は相続税の基礎控除額計算の基準に含まれないうえ、税額も2割増になります。
一定額以上の保険金も「みなし相続財産」として相続税の課税対象です。しかも法定相続人ではない婿は「法定相続人の数×500万円」の非課税枠を利用できないため、税額は割高になります。
関連記事:『相続税の仕組みとは?相続税申告が必要なケースと申告の手順について』
贈与税
相続発生より3年以上前に生前贈与を受けた場合は、贈与の額が基礎控除額(年間110万円)を超える場合に贈与税の対象となります。
なお基礎控除額以外の特例措置(住宅取得等資金の贈与を受ける場合の特例や配偶者控除、教育資金の一括贈与の非課税制度、結婚、子育て資金の一括贈与の非課税制度など)は利用できません。
関連記事:『生前贈与で贈与税申告が必要なケースとは?申告の方法と必要書類についても解説』
婿の遺産相続をめぐるトラブル
婿に財産を残す場合、他の相続人との間でトラブルにならないよう最大限配慮する必要があります。
他の相続人との対立
もっとも起こりうるトラブルは、感情的な対立です。たとえば「相続人ではない婿が財産を受け取るなんて納得できない」と感じる相続人がいたとしても不思議ではありません。普段から親族同士の付き合いがない場合や、親族同士の折り合いが悪かった場合はなおさらでしょう。
遺留分侵害額請求
遺留分も要注意です。法定相続人には最低限の遺産を受け取れる「遺留分」という枠があるため、仮に婿が財産を受け取ることで他の相続人の遺留分が侵害された場合、その相続人は婿に遺留分相当額の支払いを要求できます(遺留分侵害額請求)。遺留分相当額は金銭で支払うため、もし手持ちの現金がなければ不動産などを現金化して支払わなければなりません。
関連記事:『遺留分侵害請求権とはどのような権利?請求方法や請求を受けた場合の対応について』
トラブルを避けるには
トラブルを避ける基本的な手段は「話し合い」です。婿が普段から他の親族とコミュニケーションを取り良好な関係を築いていれば、相続がきっかけでトラブルになる可能性はそれほど高くありません。また財産を婿に残したいと考えている人も、自分の考えやその理由を家族(将来の相続人)にきちんと説明しておくべきでしょう。
特に婿を婿養子にする場合は、配偶者の同意はもちろん、子どもたちの理解を得ておくことが大切です。
関連記事:『遺産相続に嫁・婿が口出しするとどうなる?トラブル回避の方法について解説』
他にも、上で紹介したいくつかの手段を組み合わせることでトラブルの種を小さくすることができます。たとえば生前贈与と保険金を組み合わせて贈与税・相続税の金額を抑えたり、他の相続人の取り分が大きく減らないように配慮する、といった具合です。
まとめ
婿は相続人ではありませんが、相続発生後に財産を譲ることは可能です。どのような手段で財産を与える場合も、それが原因で他の相続人との間でトラブルが起きることのないよう、しっかり配慮してください。もし疑問に感じることや不安な点があるなら、専門家に相談するのもおすすめです。