遺産相続の手続きには相続人の住民票や印鑑証明などさまざまな書類が必要になります。では相続人が海外にいて日本の住所を持っていない場合などは、どのように遺産相続手続を行えばよいでしょうか?今回は海外にいる相続人が用意する書類や各種の相続手続について解説していきます。
海外にいる相続人でも遺産相続は可能
海外に住んでいる日本人は大勢います。その中には長期に渡り海外に在住していて、日本国内に(住民票の)住所を持たないという人も少なくありません。
しかし海外に住んでいるかどうかと遺産相続の権利は別の話です。もし被相続人が日本国籍なら、
相続には日本の民法が適用されます。つまり海外在住の相続人も、日本国内に住む相続人と同じように遺産相続が可能です。
海外に住んでいる相続人が用意する公的書類
とはいえ海外に住んでいる以上、日本国内とまったく同じ方法で遺産相続手続を進めることはできません。特に問題となるのは「公的書類」です。
たとえば海外に住んでいる人は、相続登記の際に必要な「印鑑証明」や「住民票」を発行してもらうことはできません。相続手続を進めるためには、これらの公的書類に代わる別の書類を準備する必要があります。
署名証明(サイン証明)
印鑑証明の代わりになるのは「署名証明」と呼ばれる書類です。日本では契約書に押した印鑑(ハンコ)が本人のものであることを証明するために印鑑証明を用いますが、署名証明も同様に、契約書のサイン(署名)が本人のものであることの証明として用いられます。
署名証明とは、日本の在外公館(大使館や公使館)が発給する公的書類です。係官の前で書類にサインをすると、そのサインが本人のものであることの証明として証明書を発給してくれます。署名証明の発給要件は次の通りです。
- 日本国籍があること
- 本人が公館へ出向いて申請すること
署名証明では必ず本人が在外公館に出向く必要があるため、現在居住している場所によっては非常に手間のかかる手続きといえるでしょう。
なお署名証明についての詳細は、外務省WEBサイトの『在外公館における証明|外務省』からもご確認ください。
在留証明
住民票の代わりになるのは「在留証明」です。在留証明も署名証明と同じく在外公館で発給してもらいます。発給条件は以下の通りです。
- 日本国籍があること
- 現地に3か月以上滞在し現在も居住していること、もしくは今後3か月以上の滞在が見込まれること
- 原則として日本に住民登録がないこと
- 原則として本人が公館へ出向いて申請すること
在留証明を発給してもらう際は、本人確認書類として有効な日本のパスポートや現地で発行された運転免許証などが必要となります。詳しくは外務省WEBサイトの『在外公館における証明|外務省』をご覧ください。
その他
相続人が外国籍の場合、日本の戸籍謄本を発行することができません。この場合は戸籍謄本に代わるものとして、被相続人との関係を証明する公的書類が必要です。たとえば「出生証明書」「婚姻証明書」「死亡証明書」といった書類がこれに相当します。
海外に住んでいる相続人の遺産分割手続
遺産相続には遺産分割手続が欠かせません。これは相続人が海外に住んでいる場合でも同じです。
通常の遺産分割手続と基本は同じ
相続人がどこに住んでいても、遺産分割手続は基本的に変わりません。まず①相続人の範囲を確定し、②遺産の範囲を確定し、③すべての相続人が話し合って遺産分割協議を成立させます。
なお①と②については、日本に住んでいる相続人に任せるのがスムーズでしょう。もし相続人がひとりも日本にいないなら、海外に住む相続人が日本の関係各所に連絡をとりながら手続きを進めるか、専門家に代行を依頼することになります。
遺産分割協議書と遺産分割証明書
③については、海外に住む相続人も参加が必要です。ただし話し合いの方法に決まりはないため、手紙や国際電話、zoomなどのオンライン会議でも(話し合いが成立するなら)問題はありません。
遺産分割について合意したら、通常は「遺産分割協議書」を作成します。遺産分割協議書には相続人全員が署名捺印して印鑑証明を添付しますが、海外に住んでいる相続人は印鑑証明の代わりに署名証明を添付します。
ただし一枚の書類に全員が署名する遺産分割協議書の場合、相続人の一部が海外に住んでいると書類をいちいち郵送しなくてはなりません。こうした手間を最小限に抑えるために利用できるのが「遺産分割証明書」です。
遺産分割証明書とは相続人ごとに一枚ずつ作成する書類です(全員分の遺産分割証明書を合わせることで効力が発生します)。記載する内容は遺産分割協議書と同じですが、一枚の書類を持ち回りで送り合う必要がないぶん、比較的スムーズに手続きを進めることができます。
海外に住んでいる相続人の相続税申告
海外に住んでいても遺産相続の権利がある以上、当然ながら相続税の納税義務も発生します。ただし相続税の対象となる相続財産の範囲については注意が必要です。
対象となる相続財産の範囲
被相続人が日本に居住していた場合、原則としてすべての財産が相続税の対象です。つまり日本国内だけでなく、海外にある財産にも相続税が課税されます。ただし被相続人と相続人がどちらも「10年以上」海外に居住していた場合は、日本国内にある財産のみ課税対象となります(留学や海外出張などの期間は海外居住期間に含まれません)。
もちろん相続税の対象が日本国内の財産であろうと海外にある財産であろうと、基礎控除(3,000万円 + 600万円 × 相続人の数)が適用されます。また外国政府に相続税を納めている場合、その額が控除対象となる可能性もあります。
財産の所在の判定基準
ちなみに「日本国内にある財産」か「海外にある財産」かは、動産や不動産ならその財産の所在地、その他の財産については権利が発生した場所などで判断します。具体的には以下の表の通りです。
財産の種類 | 所在の判定 |
動産 | その動産の所在地 |
不動産 | その不動産の所在地 |
船舶・航空機 | 船籍又は航空機の登録をした機関の所在地 |
鉱業権・租鉱権・採石権 | 鉱区又は採石場の所在地 |
漁業権・入漁権 | 漁場に最も近い沿岸の属する市町村や行政区画 |
銀行預金など | 受入れをした営業所や事業所の所在地 |
生命保険契約などの保険金 | 契約を締結した保険会社の本店や主たる事務所の所在地 |
退職手当金など | 支払った者の住所や本店、主たる事務所の所在地 |
貸付金債権 | 債務者の住所や本店、主たる事務所の所在地 |
社債や株式など | 発行法人などの本店や主たる事務所の所在地 |
各種信託に関する権利 | 信託の引受けをした営業所、事業所の所在地 |
特許権・実用新案権・意匠権・商標権等 | 登録をした機関の所在地 |
著作権・出版権・著作隣接権 | 権利の対象を発行する営業所や事業所の所在地 |
売掛金・営業権・電話加入権など | 営業所や事業所の所在地 |
国債・地方債 |
日本の国債や地方債は日本国内 外国や外国の地方公共団体などが発行する公債はその国 |
その他の財産 |
財産の権利者であった被相続人の住所地 |
国税庁WEBサイト『No.4138 相続人が外国に居住しているとき|国税庁』より
相続税の申告手続について
相続税の申告手続は「日本の税務署」で行います。ただし海外にいる相続人がわざわざ来日する必要はありません。この場合に利用できるのが「相続税・贈与税の納税管理人の届出手続」です。
納税管理人の届出手続を行うことで、本人の代わりに「納税管理人」を選任して、申告書の提出や相続税の納付を行ってもらうことができます。手続きについての詳細は国税庁WEBサイトの『相続税・贈与税の納税管理人の届出手続』を参考にしてください。
生前対策として遺言書を用意する
相続人が海外にいる場合、遺産相続手続でもっともネックになるのが遺産分割協議です。日本国内にいる相続人と遺産分割について話し合ったり、遺産分割協議書(もしくは遺産分割証明書)を作成するために在外公館に足を運んだり、書類を国際郵便で郵送するなど、膨大な手間が発生します。
こうした負担を少しでも軽くするためにできる生前対策が「遺言書の作成」です。遺言書があれば遺産分割協議は不要ですし、遺産分割協議書(遺産分割証明書)の作成やそのための署名証明の取得も必要ありません。
まとめ
海外に住んでいる相続人も、日本にいる相続人と同じように遺産相続が可能です。ただし遺産分割協議書の作成や相続税申告など、遺産相続手続きには多くの手間がかかります。相続が発生したら日本の専門家に相談するなどして、スムーズな遺産相続を目指すようにしましょう。