遺言書に書かれた内容は「実行(執行)」されなければ意味がありません。この記事では遺言を実行する方法のひとつとして、遺言執行者の業務と選任方法について説明します。
遺言執行者について
遺言執行者とは文字通り遺言を執行、つまり遺言書の内容を実現する人のことです。遺言執行者は相続手続において必ず必要というわけではありませんが、基本的に遺言執行者がいた方がスムーズな相続手続を期待できます。
遺言執行者になれる人
遺言執行者になるための資格は特にありません。たとえば相続人を遺言執行者に指名しても構いませんし、相続人以外の親族や知人、さらには行政書士や弁護士といった専門家に依頼することもできます。ただし相続人や受遺者は相続の利害関係者でもあるため、他の相続人と余計な摩擦を生まないためにも第三者(相続人以外の人)を遺言執行者にした方が好ましいでしょう。
また遺言の執行には法律的な知識が求められることもあるため、できれば相続の専門家に依頼することがお勧めです。
遺言執行者の役割と権限
遺言執行者には、大きく分けて3つの役割があります。
①遺言の内容を通知する
民法第1007条第2項には、遺言執行者について次のように書かれています。
遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。 |
遺言の内容を通知するとは、遺言書が存在することと、それがどのような内容であるかを知らせることです。
②財産目録の作成と交付
さらに民法第1011条1項には次のように書かれています。
遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。 |
財産目録を作成するには、まず財産調査が必要です。遺言執行者は相続が発生したら速やかに財産調査を行い、その結果をまとめて相続人に知らせなければなりません。
③遺言の執行
遺言執行者の最も重要な役割ともいえるのが「遺言の執行」です。民法第1012条1項には次のように書かれています。
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。 |
遺言執行者は財産の管理を含む「一切の行為」によって、遺言の内容を実現しなければなりません。この一切の行為の中には、たとえば預金口座の解約や不動産の名義変更なども含まれます。
また相続人は遺言執行者の行為を妨害できません。これについては民法第1013条1項の中で書かれています。もし遺言執行者による執行を(たとえば勝手な財産処分などによって)妨げた場合、その行為は無効です。
遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。 |
遺言執行の手順
次に、遺言執行者による執行の流れを説明します。
⓪(就任前)遺言書の検認の請求
まず遺言書が発見された時点で、家庭裁判所に遺言書の検認を請求します(自筆証書遺言の場合)。検認とは家庭裁判所が遺言書を開封して内容を確認する手続きのことで、この手続きを踏まずに勝手に遺言書を開封すると処罰の対象になります。
なお公正証書遺言や法務局の保管制度を利用した自筆証書遺言の場合、検認は必要ありません。
①遺言執行者就任の承諾
遺言書の中で遺言執行者が指名されている場合、指名された人は就任を承諾するかどうか決めなくてはなりません。承諾するのであれば、そのことを相続人に通知します。
なお相続人などの利害関係人があらかじめ定めた期間内に承諾を通知しない場合、就任を「承諾したもの」とみなされます。
②遺言内容の通知
遺言執行者が就任を承諾したら、遅滞なく遺言内容を相続人に通知しなければなりません。
③財産目録作成
遺言執行者は遺言内容の通知と並行して財産調査を行い、財産目録を作成します。作成した財産目録は相続人に交付しなければならないため、相続人調査も必要です。
④遺言の執行
遺言内容の通知と財産目録の交付が終わったら、いよいよ遺言内容の実行です。実行する遺言内容には、たとえば以下のようなものがあります。
- 相続財産の分配
遺言書通りの相続割合で遺産を相続人に分配します。その際に必要があれば、不動産の名義変更(移転登記)や預金口座の解約なども行います。 - 遺贈の履行
遺言書に遺贈(相続人以外の人に財産を贈与すること)の指定がある場合、それを実行します。必要があれば不動産の名義変更や預金口座の解約(もしくは名義変更)も行います。 - 相続財産の明け渡しや移転登記の請求
相続財産に含まれる不動産に不法占拠者がいる場合、明け渡しや移転登記の請求を行います。もし遺言で指定されていない相続人が勝手に不動産の名義を変えた場合は抹消登記の請求も可能です。 - 認知の届出
遺言書に認知が指定されている場合、遺言執行者は就任から10日以内に市区町村役場で認知の届出を行います。 - 相続人の廃除
廃除とは、被相続人に対する虐待などを理由に相続人の権利を剥奪することです。この決定は家庭裁判所が行いますが、遺言執行者は遺言書の指定に従って、家庭裁判所に廃除の申し立てを行うことができます。 - その他
この他にも、遺言書に死亡保険金の受取人変更や祭祀主催者(墓守)の指定がある場合、遺言執行者はこれらの手続きを行います。
遺言執行者の選任方法
遺言書によってあらかじめ遺言執行者が指定されている場合、基本的に指定された人が執行者に就任します。ただし指定された人が就任を拒否した場合やそもそも遺言書に指定がない場合、指定された人が亡くなっていた場合などは、家庭裁判所に選任を申し立てることができます。
申立人
遺言執行者の選任を申し立てることができるのは、遺産相続の「利害関係人」です。これには相続人、遺言者の債権者、遺言者から遺贈を受けた人などが含まれます。
申立先
申立先は、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。なお裁判所の管轄地域については、裁判所WEBサイトの『裁判所の管轄区域』から調べることができます。
費用
①手数料800円
現金ではなく収入印紙で支払います。
②連絡用の切手代
具体的な金額は各裁判所によって異なる場合があるため、申立先の家庭裁判所に確認するか、各裁判所のWEBサイトで確認します。
必要書類
①申立書(書式と記入見本は裁判所WEBサイト『遺言執行者の選任の申立書 | 裁判所』からダウンロードできます)
②以下の書類(標準的な申立添付書類)
- 遺言者の死亡の記載のある戸籍謄本など
- 遺言執行者候補者の住民票(または戸籍附票)
- 遺言書の写し(または検認調書謄本の写し)
- 利害関係を証明する資料(親族の場合は戸籍謄本など)
なお、裁判所による審理の過程で追加書類の提出を求められることがあります。
就任の拒否
遺言書に遺言執行者に指名されていても、それを引き受けるかどうかは本人の自由です。もし就任を拒否する場合は相続人にその旨を通知します。
なおいったん就任すると、本人の意思で簡単に辞任することはできません。辞任が認められるのは、遺言の執行が困難であると認められる「正当な理由」がある場合のみです。
解任の手続き
相続人などは、遺言執行者が任務を放置したり誠実に果たさなかった場合(任務を怠ったとき)、その他の正当な理由がある場合は、家庭裁判所に遺言執行者の解任を請求できます。
遺言執行者の報酬について
遺言の執行が完了したとき、遺言執行者には報酬が支払われます。
報酬額の決め方
遺言執行者の報酬は、次の3つの方法のいずれかで決められます。
①遺言書による指定
遺言書の中で遺言執行者の報酬額が明記されている場合、本人(遺言執行者)が承諾すればそれが報酬額になります。
②相続人との協議
遺言執行者と相続人の話し合いによって報酬額を決めることもできます。
③家庭裁判所の決定
遺言書に報酬の指定がない場合や、遺言執行者が遺言書や相続人が提示した報酬で納得しない場合は家庭裁判所に報酬額の決定を申し立てることができます。
報酬額の相場
報酬額に法律上の決まりはありませんが、一般な相場は相続財産の1〜3%程度です。なお専門家に依頼する場合の目安としては、弁護士なら30万〜100万円程度、行政書士なら30万円程度です(執行する内容によります)。
親戚や知人といった一般の人に依頼する場合も30万円程度になることが多いため、できれば専門知識を持つ弁護士や行政書士に依頼した方が良いでしょう。
まとめ
遺言執行者がいれば遺言の内容をスムーズに実行できます。もし遺言書が存在しているなら、亡くなった方の意思を尊重し、相続人のストレスや不安を軽くするためにも、遺言執行者を最大限に活用するようにしてください。